1つずつ書いていきますので、この記事は目次代わりの全体マップにもなると思います。それぞれの項目の派生記事もお読みください。
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理由(1)個人事業主&ひとり法人という働き方が、自分に適していたのでしょう。
雇用されない・雇用しないでひとりで事業を行うことが、ストレスフリーだったからでしょう。もちろん、他の方との協同やアライアンスは必要ですが、根っこのところはひとりですべてやる。ひとりでできないことや範囲は追わない。その意味では、売上額の追求や事業拡大を望まないできました。零細フリーランスこそ気楽なものはないのです。このことを書いてみたいと思います。
定年後も働くということは、チーム競技から個人競技に移行することだとボクは考えてきました。理由(2)自前のノウハウ(商品)を開発して育ててきました。
家元を目指しましたが(笑)大した流派は築けませんでした。ですがなんとか自分ひとりが賄える程度のノウハウはできました。結果としておすそ分けした若い人たちも、そのノウハウを商っています。価格決定権と販売権を持っていることは、集客さえうまく行けばありがたいことです。
80歳になっても収入を得る方法として、「家元」をめざしました。理由(3)お金の使い方が楽しめたことも継続要因です。
年金受給が併用できたこと。確定申告を活用することで、コスト管理と投資ができたこと。これは発見が多くありました。定年前は天引きされていために、所得税のことなど考えたこともありませんでした。
「自分のための投資を最大化すること」個人事業主になって、確定申告を活用する意味。理由(4)考える道具を持っていたことも大きい、と思います。
妄想、願望、自己満足、ビジョン、アイデア、企画、皮算用、トライ&エラーなど、常にとっちらかる頭の中を「考える道具」が整理したり、立ち止まらせてくれたり、次の一歩を教えてくれたり、客観視してくれたりしたことが役立ちましたね。脳内整理術とアイデア企画術・・・
ボクの考える道具は、33年使用の「マンダラート」は、エマニュエル・トッド氏の言う「カニ歩き」→タテ掘りだけでなくヨコ展開も斜め逸脱も自在なツール設計なのです。12の達成&失敗→達成できたことは定年後の方が多いのです(いま順不同)
1.商標登録しました。
2.一般社団法人を設立しました。時間だけはありましたから、自分ひとりで手続きしました。
3.12年間個人事業主として確定申告をして納税してきました。法人は10年です。
4.書籍を3冊執筆しました。64歳、66歳、69歳のときに。
5.引っ越しを5回、東京都足立区→千代田区→江東区→中央区→滋賀県大津市
6.定年前からの悲願・永遠のテーマ、漸くようやくダイエット15kg、ライザップ効果、73歳にして。
7.2拠点暮らしを楽しみました。述べ18年間でしょうか。
8.新幹線を1年に100回以上乗った年もありました。ジパンク手帳3種類。
9.株式会社を共同設立、すぐに辞めました。定年後まで会社のために働くことは無理でした。ちっぽけでも会社という組織はモンスターです。
10.大学生200人指導を4年間継続しました。年齢差50年以上の交流でした。
11.結果として、社長の方のコンサルをしてしまいました。
12.退職金の内、2500万円使い込みました。