3勤4休(再録)定年退職後8ヶ月の日記 こんな気分だったのか お役に立てば

最近、何が嬉しいと言って、朝起きて「あ、今日出勤しなくていいんだ!」と気付いた時ほど嬉しいことはない。休日の朝ではない。平日のことだ。

退職後8カ月しか経っていないから、やっぱり37年の習い性の方がまだまだ勝つんだね。

4月から個人事業主になった。そして週に3日、業務委託契約を交わしている会社に出勤している。

あとの4日は自宅事務所で仕事をしたり、ごくたまに講演の仕事をしたり、人に会いに行ったり、もちろんオフタイムの日はゴルフしたり、映画を観たりしている。

セミリタイアともいえるし、働き方を変えたともいえる。確かに社会はフルタイムで労働し、組織に帰属している人たちの力の結集で動いている。そのことは疑わないし、それを当たり前と思って、私も走ってきた。

で、そこから脱出すると、世界は180度、位相を変える。帰属する集団をなくすと淋しさを感じる時もあるのは事実だ。社名も肩書もなくすと髪を切ったばかりのようでスースーとしている。

と同時に、拍子抜けするくらい肩が軽いし、ストレスを驚くほど感じなくなっている。前職の終盤が役員という立場だったのでなおさら思うのだが、組織に属するということは組織を維持する目的のために、実に多くの仕組みやルールや約束事に囲まれ、なおかつ自分たちで輪を掛けて堅固に複雑にそこかしこを固めていて、必然的に多くの時間や労力、さらにはストレスまでを組織構成員全員で捧げているのだ。

会社法やコンプライアンス順守や株主配当のために、みんなで懸命に会社ごっこや、経営ごっこを大真面目にやっている。私も大真面目に取り組んできたわけだから、ごっこという言い方は何も揶揄して言っているわけではない。言っているわけではないが、やっぱりごっこというのがぴったりくるんだ、いまの私には。それらしくあるために、予定調和を尊重するために、暗黙の権威を準繰りで守るために会社という入れ物にみんなで入って人生の大半を過すわけだからね。

まだ週に3日、そんな空気の中にいて、半分は37年の習い性となっている同一感覚と、片やドロップアウト感覚というかそこからはもはやはみだしているという相反する視点を味わいながら、明日も会社に行かなくてもいいんだという、なんとも(現役の人には悪いけれど)得した気分で過しているのはありがたいこと
だ。

---と、6年前に書いた。いまや3勤4休 というような、けじめがなくなった状態で仕事をしていると言えるし、していないとも言える。自営業者の側面と、設立した法人の代表者という2つの顔を持っているが、組織に属しているという感覚や実態はないし、組織を持ちたいと思っているわけでもない。6年前にも書いたが、組織は組織自体を守る自己防衛本能があるから、そのことはもう卒業したので、この法人も個人が為したいことをするための容れ物でしかない。

この記事を書いた人

荒井 好一(Yoshikazu Arai)

会社員38年・定年後フリーランス10年、好きな仕事で歩いてこれた。

45歳の春から東京単身赴任をスタートさせて、退職後もデュアルライフを楽しむ。異なる文化の街暮らしと移動空間で企画をするのが大好きで、2017年は実に新幹線乗車105回で仕事を楽しんだ。

スピーチのコーチ、法人代表、時々ビジネス書の著者、ブロガーに挑戦中。